父はこの10年間でいろんなことができなくなっていった。
10年前は車の運転ができた。
2009年の12月、初めて入院した母の病院に父の運転する車で行き、父と一緒に先生の話を聞いた。
帰り道、父の子供の頃のころの話を聞きながら帰った。
目の病気を発症し、車の運転をやめた。ゴルフもやめた。
父はとても達筆で、美しい字を書く。書道をたしなんだわけでもなく。
父の書く字は美しい。
我が家では文字を書くのは父の役目だった。2014年の12月一緒に旅行に行ったとき、父に書いてもらおうとすると、文字がガタガタ揺れていた。よく見えないから書けないと父は途中でペンを置いた。
2017年の3月、一緒にお墓まりに行き、帰りにうちに寄った。久しぶりに。これがうちに来た最後だと思う。
年賀状をだすのをやめた。
ジムへ通うのをやめた。
自転車をやめた。
2017年の秋ごろ、お昼前に公園に散歩に行って、帰ってこなかった。
迷子になった。
弟と母が探し回ってくれた。
見つからないので警察に捜索届をだした。
夜10時過ぎ、警察から連絡があった。
みつかった。
迎えにいった弟に父は「どうもすみません。ありがとうございます。」と他人行儀に言ったらしい。
息子だと一瞬わからなかったようだ。
幻視、幻妄がしばしばおこるようになった。
小さな子どもが遊びに来てるねとか言った。
東京に出張に行かなけばならないと言い張って、駅まで行ったりした。
夜中にカラの湯舟に入ってでてこれなくなったりした。
2018年の春、老人ホームに入った。
最初のころは、「もう帰る」と、歩いて家に帰ってきた。
このころは、家までの道がわかった。歩くこともできた。
今は、家までの道もわからない。
時々家に連れて帰ってくるけれど、よくわかっていないようだ。
私のことはまだわかる。
覚えてくれている。
自分で歩けるし、自分で洋服も着ることができる。
こうやってあらためて振り返ってみると、哀しい。
3月は、新型コロナウィルスを警戒して、父にも母にも一度も会いにいかなかった。
次会うときまで覚えていてくれますように。