母の存在は大きい。
絶妙なバランスが母によって保たれている。
父がぼけて、施設に入り、
目の病気も悪化し見えなくなり、
会話も不安定になり、
散歩もできなくなり、
施設に入った頃はできていたことが、
ほとんどできなくなっている。
一緒におやつを食べたり、
公園に行ったり、
帰る私を見送ってくれたりしたのに。
どうしてこうなっちゃうのだろうと思う。
でも、私と弟は、今も変わらず、母の作ってくれた夕飯を育った家で食べて、
父がいた頃と同じように笑うことが今もできてる。
そこに父がいないことを寂しいと思わずに。
母がいなくなったら、母が元気でなくなったら、どうなるんだろう。
もう、私たちのこの場所、この時間はなくなってしまう。
これはいつか必ずやってくる未来。
夏が苦手な母。
だから、夏は来るなと言う。
今回は言われなかった。
暑いなか、豚肉を揚げて、酢豚を作ってくれた。
母のこの頃のひとりの夕食は、買ってくることが多いらしい。
そして酢豚を食べたいと思っていたらしい。
帰り際、「また来てね。何が食べたいか考えとく」と母は言った。
今までは「なに食べたい?」ときいてくれたのに、
中食が多くなり、あまり作らなくなったので「子どもが食べたいもの」から「自分の食べたいもの、ひとり分つくるのはめんどくさいもの、たくさん作ってみんなで食べておいしいもの」にかわった。
今日、久しぶりに行って、楽しくて、ありがたくて、母の元気がほんとうに嬉しくて、
また、かなしいことを考えてしまった。
こんなこと、母に言ったら、
「あほか」と言われるな。