50代からの出会うと別れ

結婚31年。子どもはいません。これからの人生は「別れ」が多くなると思います。そしてほうっておくと「出会い」は減っていくと思います。だから私はいろんなことに出会いに行きます。やりたいことはどんどんやります。実は50歳になってから毎日がとても楽しくなってきたんです。そんな毎日をしっかり書き留めていきます。目標は私が私に別れる時がやってくるまで。

わからない

父と一緒の部屋にいる。

父のとなりで今夜は過ごす。

わからない。

時々しか会ってなかった。

私の日常に父はいなかった。

5年ちょっと施設に入っていた。

5年前は、話したし、散歩したし、笑ったし、

コーヒー飲んだし、おやつわけてくれた。

だんだん、弱っていった。

歩けなくなり、目がみえなくなり、車椅子になり、話さなくなり、わからなくなり、

寝ていることが多くなり、

そして、食べられなくなり、

6月5日月曜日、ママから電話がかかってきた。

電話に出られなかった。

すまなかったな。

月曜日は2つ、オンライン打ち合わせがあって、

行けなかった。

 

 

6月6日、火曜日、胃ろうはしないことにした。

痛いことはしない。

あとは、残りの体力がいつまでもつか。

 

6月9日土曜日 家に連れて帰ってきた。

一時帰宅。

気持ちよさそうに寝てくれた。

連れて帰ってきてよかった。

 

12日 火曜日 仕事の帰りに寄った。

5時半ごろ。

なぜいったか、

土曜日、生きてる父に会えるのは、最後かも知れないという意識がなかったから、

もう一度会いたいと思った。

 

ママも来てた。

パパはよく動いてた。

寝ながら。

わかる?ときくと、わかると言った。

寒い?と聞くと、寒いと言った。

背中をさすって気持ちいい?と聞くと、

気持ち悪いと言った。

 

週末、土曜日にまた来ることを楽しみにして、

うちに帰った。

 

 

 

会えなくなる

ということが、どうゆうことなのか、わからない

 

いまは、まだ、そこにいる。

あしたもいる。

死んでいるけど。

明後日のよるは、いない。

いないと思わなければいい。

明後日の儀式を体験しなければいい。

そしたら、ずっと、施設にいると思ったまま

わたしの日常に戻れる。

 

そうはいかないけど。

 

ゆっくり時間をかけてお別れさせてくれたことに感謝だ。

ありがとう。

命をまっとうしてくれてありがとう。

 

隣りの部屋から弟のイビキが聞こえる。

父の寝息のように聞こえる。